高校を卒業したあと、
相川慎吾は、アメリカへ渡った。
ちょうどWindowsの出始めた時代。
これからはコンピューターだ。
マイクロソフト、ビル・ゲイツ、
時代の先端に近づきたい。
シリコンバレー近郊の語学学校。
英語は拙く、夢だけが先に走っていた。
生活のために入ったのは、
アメリカの寿司屋だった。
包丁を握った経験はない。
だが、カウンター越しに見て覚えて、
見よう見まねで形にした。
「Japanese makes sushi」
その一言で、客は妙に期待し、
妙に満足した。
語学学校を卒業したあと、
慎吾は、
IT系の専門学校に進んだ。
プログラミング。
ネットワーク。
サーバーの基礎。
昼は学校。
夜は寿司屋。
それを、
二年間、続けた。
コードはすぐに書けなかった。
英語も、まだ拙い。
それでも、
仕組みで動く世界の面白さに、
慎吾は少しずつ惹かれていった。
当時、アメリカのゴルフ代は安かった。
友達と週に1回。
仕事終わりに、
軽い気持ちでクラブを担いだ。
だが、時間が経つにつれ、
仲間は減っていった。
仕事で別の州へ行く者。
母国へ戻る者。
ティーグラウンドに立つのは、
いつしか、自分一人になった。
ある日のラウンド。
足元に白いボールが転がってきた。
ゴル先生だった。
「お前な」
慎吾は、黙って構えた。
「何しにアメリカに来たんだ」
その一言で、スイングが止まった。
答えは、頭の中にあったはずなのに、
言葉にならなかった。
それからだ。
ゴルフの調子が、
はっきりと狂い始めたのは。
ドライバーは、振り切れない。
アイアンは、距離が合わない。
技術じゃない。
体でもない。
考えすぎている。
――何しに来た?
その言葉が、
インパクトの瞬間に割り込む。
ゴル先生は、
それ以上、何も言わなかった。
ただ、静かに転がっていた。
その沈黙の中で、慎吾は気づいた。
このままでは、何も残らない。
夢に憧れただけで、
形を作っていない。
慎吾は、日本へ帰った。
そして、会社を立ち上げた。
中小企業向けに、
業務チャットとタスク管理を組み合わせた
クラウドサービスだった。
ITを使って、人の仕事を見える化する。
経験や勘に頼らず、仕組みで回る会社。
海外製ツールが合わず、
メールと電話に縛られている現場を、
何度も見てきた。
「日本の会社には、
日本の仕事の流れがある」
そう思った。
事務所はない。
ノートPC一台とレンタルサーバー。
法人登記だけが会社である証だった。
「ミュニケーションを仕組みにして、
業務効率化しませんか。
仕事を、もっと楽しくする
会社をつくりましょう」
それが、慎吾の言葉になった。
派手な宣伝はしなかったが、
人伝で広まり、
使い続ける会社が少しずつ増え、
会社は、静かに軌道に乗っていった。
そんなとき、仕事仲間に誘われて、
久しぶりにゴルフに出た。
少し懐かしい匂いがした。
ティーグラウンドで、
慎吾は、もう迷わなかった。
振り抜いたドライバーは、
気持ちよく、フェアウェイを捉えた。
「いい球だな」
足元で、ゴル先生が言った。
「……ようやくです」
「よくやったな」
慎吾は、空を見上げた。
アメリカンドリームは、
掴むものじゃなかった。
置き場所を見つけるものだった。
白いボールは、
静かに、前へ転がっていった。