青木隆太は、
経営コンサルタント事務所の副社長。
社長である父親は、
創業者であり、今も現場に立ち続ける、
勉強熱心な人間だ。
本来、取引先にゴルフに誘われていたのは
父親の方だった。
だが、
「その日はマーケティングの勉強会がある」
「来週は研修だ」
と次々に予定を入れ、結局こう言った。
「隆太、お前が行ってこい。
ゴルフは任せる」
体を動かすことが好きだった隆太にとって、
それは渡りに船だった。
最初は、仕事の延長だった。
名刺交換があり、空気を読み、
相手のペースに合わせる。
だが、何度かラウンドを重ねるうちに、
隆太は気づいた。
ゴルフは、誰の指示も出ない。
正解を教えてくれる先輩もいない。
目の前のボールと、自分だけ。
その静けさが、たまらなく好きになった。
事務所が休みの土日は、
ほとんどゴルフだった。
プレー後は、
反省会と称して仲間たちと飲みに行く。
愚痴を言い、笑い、
次のラウンドの約束をする。
そんな生活が続くうちに、
父親の表情が曇り始めた。
「ゴルフばかりじゃないか」
「勉強会や研修に出なければ、
いい仕事はできない」
隆太は反論した。
平日にはきっちり仕事をしている。
勉強だってしている。
週末くらい、好きなことをして何が悪い。
口論になることも、増えた。
こないだの山梨への一泊二日の
慰安旅行でもそうだった。
隆太は事務所の女性スタッフに、
「ゴルフ回る計画、入れておいて」
と頼んでいた。
だが父は、
「ワイナリーを巡りたい」
「ぶどう狩りもいいじゃないか」
と言い出し、ゴルフの話は却下された。
正直、つまらなかった。
そして今日もまた、
ゴルフ場に向かう前に、父から言われた。
「またゴルフか。けしからん」
隆太は、少し腹を立てたまま、
ティーグラウンドに立っていた。
——カチン。
気持ちが入らず、ボールは右へ抜けていく。
ため息が出た、そのときだった。
足元に転がってきたボールが、声をかけてきた。
「やれやれ、ずいぶん重たいスイングだな」
ゴル先生だった。
「怒って振ると、クラブも嫌がる」
隆太は苦笑した。
「そんなつもりじゃないんですけどね」
「じゃあ聞こう」
ゴル先生は静かに言った。
「それは、誰のためのゴルフだ?」
隆太は、答えられなかった。
父への反発。
仕事への言い訳。
週末を守るための正当化。
好きなゴルフをしているのに、
誰かに向けた言い分けになっていた。
フェアウェイを歩きながら、
隆太は自分の将来を考えていた。
このまま反発だけで走り続けても、
父を超えることはできない。
認められたいのなら、
同じ土俵に立つしかない。
勉強から逃げず、
数字と理論で語れるようになる。
そのうえで、
ゴルフも楽しめる余裕を持つ。
——どちらかを捨てるんじゃない。
両方をやるんだ。
フェアウェイの先に、ふと影が見えた。
若いころの自分。
何者でもなく、
ただ面白そうだからと飛び込んでいた頃の姿。
あの頃の自分は、
結果よりも、ちゃんと前を向いていた。
「隆太」
ゴル先生が言う。
「スタンスを少しだけ直せ。
向きたい方向に、体を向けるだけでいい」
隆太は、ゆっくり構え直した。
来月から、父主催の勉強会が始まる。
土曜の夜、17時から。
そこには出ようと、決めた。
父親に、
安心して跡を任せられると思わせるくらい、
勉強もする。
土曜日はゴルフに行く。
でも、飲み会は我慢して勉強会で出る。
日曜日は、どんなに遅くなっても早起きして、
またコースに出る。
仕事も、ゴルフも、
どちらも中途半端にはしない。
全部やめる必要はない。
どちらか一つ選択する必要もない。
自分で選んだ道を、
やり切るだけだ。
——カチン。
今度のボールは、
迷いなく、まっすぐ前へ飛んでいった。
隆太は、その軌道を見つめながら、
胸の奥で、
静かに覚悟が固まっていくのを感じていた。