岡田将司は、祖父の頃からあった
世田谷の住宅街の奥にある広い土地を売り、
5階建ての賃貸用マンションを建てた。
その隣には、
自分のためだけのガレージ付きコテージ。
磨き上げた車とバイクが並ぶその空間が、
彼の小さな誇りだった。

家賃収入で暮らす毎日。
時間に追われることはもうない。
気が向けば車に触り、
気が向けばバイクにまたがり、
そして――ほぼ毎日、ゴルフ場にいる。

「今日も岡田さんいるよ」

そんな声が、
クラブハウスでは
当たり前のように聞こえていた。

将司のキャディバッグの口には、
フラミンゴのヘッドカバーが並んでいる。
エメラルドグリーンでひときわ目立つ。

昔、初恋の相手は、
色白で線が細く、
フラミンゴみたいだと言われていた。
立っているだけで、目を引く子。

仲間内では、いつの間にか
「フラミン」と呼ぶようになり、
将司はその呼び名を、
今も胸の奥にしまっている。

今日は理事長杯。
色々な大会に何度も出場している。
2位、3位に入ったことはある。
だが、1位だけが遠い。

「今日こそ取るぞ」

そう心の中でつぶやきながらも、
表情はいつも通り、さらりとしている。
顔見知りに声をかけられれば、
冗談の一つでも言って笑い合う。

前半は、出来すぎなくらいだった。
パーが続き、バーディも一つ。
後半に入るころには、
「このままいけば……」
そんな考えが、頭をよぎり始めていた。

問題は、あのホールだった。

ロングホール。
フェアウェイは広いが、
グリーンの手前には池が口を開けている。

「大丈夫だろ」

そう思った瞬間、
ボールは嫌な音を立てて池に吸い込まれた。

ああ、まただ。
やっぱり今回も――。

肩の力が抜け、
集中も一緒に落ちていくのが分かった。

そのとき、足元で声がした。

「まだ終わってないよ」

見ると、
白いゴルフボールが
ちょこんと転がっている。
ゴル先生だった。

「このコース、ロングだろ。
 池に入れても、
 次で乗せて、入れりゃパーだ」
「簡単にあきらめるな」

将司は、はっとした。

ほぼ毎日ゴルフをしている。
だからこそ、一打の重みが軽くなっていた。
ダメなら次、
ダメならまた明日。
いつの間にか、
“今日”を投げる癖がついていた。

「……そうだな」

深く息を吸い、
もう一度ボールに向き合う。

池の縁から打った次のショットは、
狙い通りグリーンをとらえた。

そして――
最後のホールは、静かなバーディ。

カップインの音が、
やけに澄んで聞こえた。

プレーを終え、
参加者たちは
クラブハウスのレストランに集まった。
グラスの音と、ほどよい疲労感。

支配人がマイクを持ち、
順位を発表していく。

2位の名前が呼ばれたとき、
将司は無意識に背筋を伸ばしていた。

そして――。

「本日の優勝は、岡田将司さんです」

一瞬、耳を疑った。
すぐに、周囲から拍手と歓声が湧き上がる。

「やっとだな」
「フラミンゴのおかげじゃないか」

誰かがそう言って笑った。

将司は前に出て、
商品券と、一本のシャンパンを受け取った。

思ったよりも、ずっしりと重い。

席に戻り、
グラスを手にしたとき、
将司はふと、
今日の一打一打を思い返していた。

崩れそうになりながらも、
最後までブレずに淡々と決めたことをやる。

これが、自分のゴルフだ。

バッグの口から、
フラミンゴのヘッドカバーが
何も言わずにこちらを見ていた。