高梨結衣は、
父親から譲り受けた
ゴルフ会員権を手にしていた。
ゴルフ経験は浅く、
コースに出たことはない。
たまに打ちっぱなしに行ったり、
レッスンを受けたりする程度だった。

「せっかく会員権を相続したんだから、
 売る前に一度くらいは
 コースに出てみよう」

そう思った結衣は、
気心の知れた友達の真子を誘い、
2人でゴルフ場へ向かった。

組み合わせは4人。
結衣と真子、
そして初対面の男性2人のグループだった。
そのうちの一人、佐伯悠真は、
目がクリッとして、
いつも笑顔の結衣をひと目で気に入った。

「人生初のコースだから少し緊張するな…」
と小さくつぶやく結衣に、
悠真は落ち着いた声で言った。
「大丈夫だよ、結衣さん。
 スコアを気にする必要はないから、
 今日は楽しいゴルフをしよう」

ティーショットを打つ順番が回ってくる。
結衣は手が少し震えた。
「よし…」

すると悠真は、
「結衣さん、今、鬼みたいな顔してるよ」
と言って、眉をつり上げ、
鬼瓦みたいな顔をしておどけてみせた。

結衣はその顔を見て思わず笑ってしまった。
スイングすると、
ボールは思ったより真っすぐ飛び、
フェアウェイのど真ん中に落ちた。

「おお、ナイスショット!」
周りから声が上がる。
真子も拍手しながら言った。
「結衣、やるじゃん」

ラウンドが進むにつれ、
ナイスショットやミスショットに
笑いが交り、
4人は自然に打ち解けていった。

悠真は時折、
結衣の横で小さなアドバイスをくれる。

「次は少し左足に体重を乗せてみて」
「風が強いから、
 1つ大きいクラブを使うといいよ」

森や芝の香り、
柔らかな日差し、
鳥のさえずり——
結衣は、
ゴルフの楽しさを初めて肌で感じた。

ところどころで、ゴル先生もそっと現れる。
「ボールは優しく包むように」
「焦らなくていい」

短い言葉だけだが、
その一言で結衣は安心感を覚え、
また思い切って打つことができた。

ラウンドが終わると、
結衣は少し息を弾ませながら微笑んだ。
「楽しかった…
 やっぱり売る前に来てよかった」

佐伯は少し照れたように言った。
「だったら、
 売らないで次も一緒に回ろうよ。
 僕が組み合わせに入るから」

結衣は胸が少し高鳴った。
「…ありがとうございます」

数日後、佐伯からLINEが届いた。
「次、結衣さんが回るとき教えてくれたら、
 僕も行くよ」

結衣は自然と微笑んだ。
月に一度でも、
ここでゴルフを楽しもうかな。

父から受け継いだ会員権は、
結衣の新しい扉を開いた。