佐伯ひかりは、
会社のコンペの朝から少し緊張していた。
二年目になる会社のゴルフコンペ。
男性社員たちはミスをすると遠慮がない。

「今のは突っ込みすぎだろ」
「ヘタだなあ」

笑いながら、でも本気で言い合っている。

ひかりがミスをすると、空気が変わった。

「ひかりちゃんは、かわいいからOKだよ」
「ナイスチャレンジ!」

フォローの言葉は優しい。
けれど、
ひかりの胸には小さな違和感だけが残った。

(かわいいから、OK?)

ショットの結果ではなく、
ただ“女だから”という理由だけで
線を引かれている気がした。

ゴルフは好きだった。
練習場にも通い、
少しずつショットは安定してきた。
でも、本番ではうまくいかない。

傾斜、
風、
ライ。

経験がまだ足りない。
もっとコースを回りたい。
けれど、車もない。
お金もかかる。

そんなとき、ひかりはスマホで見つけた。

——プリティゴルフ

アプリに登録すれば、
一緒にラウンドする仲間を探せる。
女性はゴルフ代無料。
送迎付き。

正直、少し怪しいと思った。
でも、背に腹は代えられなかった。

最初のラウンドは緊張した。
だが、男性たちは距離を保ち、
ゴルフの話しかしなかった。

「……これなら」

ひかりは、
週に一度コースに出るようになった。

スコアは気にしない。
ただ、数を打つ。

林に入っても、バンカーでも、
次の一打を考える。

気づけば一年が経っていた。

会社のコンペの日。
久しぶりのメンバーと回る中、
ひかりは静かだった。

ティーショット。
振り急がず、迷わず。
ボールは、フェアウェイの真ん中に落ちた。

二打目も落ち着いてグリーン手前。

短い沈黙のあと、誰かが言った。

「……うまくなったな」

そのときだった。

ひかりの足元を、
白いゴルフボールがころりと転がった。

「ずいぶん、いい顔で振るようになったね」

声がした。
ボールが少しだけ揺れる。

——ゴル先生だった。

「いっぱい回ったね」

ひかりは驚きながらもうなずいた。

「はい。
 でも……ちょっとズルかもしれません」

ゴル先生は、笑ったように転がった。

「ズルでもいい。
 始め方なんて、どうでもいいんだ」

「ただね」

一拍置いて、静かに言った。

「プリティゴルフは、もう卒業だね」

ひかりは、
なぜかその言葉をすんなり受け取れた。

「自分でコースを選んで、
 自分で来て、
 自分の球を打つ
 それが、“自分のゴルフ”だから」

ひかりはクラブを握り直した。

無料だったのはゴルフ代だけ。
積み重ねたのは、
自分の時間と、
自分の一打。

ひかりは、特別扱いされるゴルフではなく、
対等に向き合われるゴルフの世界に、
いつの間にか立っていた。