60歳を前にして、ボールが飛ばなくなった。

いや、正確には「飛ばそうとするほど曲がる」ようになった。
それはドライバーだけじゃない。
人生も、同じだった。

「力、入りすぎですね」

ティーの上に置いた白いボールが、そう言った。

「……今、喋った?」

「喋りました。あなたが考えすぎてるから」

私はため息をついた。
今日は会社の同期とのゴルフだったが、
頭の中は仕事のことでいっぱいだった。

再雇用の話が出ている。
今の会社に残れば、給料は半分。
ただし、仕事はよく知っている。人間関係もある。

一方で、別の会社から声もかかっている。
こちらも給料は半分。
ただし、新しい環境、新しい役割。

「半分、半分……」

「どっちを選んでも“半分”に見えてますね」

ゴル先生は、ティーの上で微動だにしない。

私は構えた。
無意識に、思い切り振ろうとしている自分に気づく。

「今のあなたのスイング、
“若い頃の距離”を取り戻そうとしてます」

「……ダメか?」

「ダメじゃない。ただ、今の体を見てない

私は一度、構えを解いた。

「じゃあ、どう打てばいい?」

「フェアウェイの真ん中。
そこだけ見て、6割で振る」

打った球は、低く、まっすぐだった。
飛距離は確かに落ちたが、フェアウェイのど真ん中に止まった。

「ね。ちゃんと前に進んでます」

私は歩きながら、聞いた。

「……仕事も、同じか?」

「ええ。
“フルスイングできない自分”を否定してるうちは、
どこへ行っても曲がります」

2打目。
残り150ヤード。

私はまた迷った。
7番で届くか、8番で刻むか。

「どっちが正解ですか?」

「質問が違います」

「?」

どっちなら、後悔しませんか

私は8番を選んだ。
グリーン手前、花道。

「寄せればいい」

「いい判断です」

アプローチで、また力みかけた私に、ゴル先生は言った。

「寄せようとしないでください」

「え?」

乗せるだけでいい
人生の後半戦は、“寄せ”じゃなくて“乗せ”です」

その言葉が、胸に残った。

私は決めた。
今の会社を離れ、新しい場所へ行く。

給料は半分。
でも、求められている距離に、ちゃんと届く場所へ。

前半が終わりクラブハウスに向かうとき、
ポケットの中にあったボールが、静かに言った。

「後半のホールでは、
“役割を手放す怖さ”について話しましょうか」

私は笑った。

「……まだ、9ホールもあるんだぞ」